エドワード・W.サイード『オリエンタリズム』より

アウエルバッハにとって、これに劣らぬ重要性をもっていたもの-しかもその事実がオリエンタリズムと直接関連するもの-は、自己の属す文化や文学とは異なった異民族の文化・文学のなかにわけ入って行こうとする人文主義的伝統であった。アウエルバッハの手本となったのはクルティウスである。その厖大な作品は、クルティウスがドイツ人として、ロマンス語文学に専門的に身を捧げるという慎重な選択を行った証であった。したがって、アウエルバッハが晩年の省察の結びに、聖ヴィクトルのフーゴーの『ディダスカリコン』から、含蓄に富んだ一節を引用しているのも故なきことではなかった。いわく、「故郷を甘美に思う者はまだ嘴の黄色い未熟者である。あらゆる場所を故郷と感じられる者は、すでにかなりの力をたくわえた者である。だが、全世界を異郷と思う者こそ、完璧な人間である」と。人間は、自分の文化的故郷を離れれば離れるだけ、真のヴィジョンに必要な精神的超然性と寛容性とを同時に得、その故郷と、そして全世界とを、いっそう容易に判断することができるようになる。また、自分自身に対しても異文化に対 しても、同様の親近感と距離感の組み合わせをもって、いっそう容易に判断を下すことができるようになるのである。

エドワード・W.サイード『オリエンタリズム』(日本語版 1986、平凡社)より