村岡三郎「深くは眠らぬ人よ」建畠晢
「………意味としては家具であると先に述べた。あまり知られてはいないが、七〇年代に村岡はこのテーブルのほかにも、ツール・シリーズと称する、なんらかの現実の機能性をもった一連の作品を制作している。コの字型の鉄材による「水路」や、ガス・バーナーを鉄のテーブルの下にセットした「乾燥機」(1979)などがそうであるが、中でももっとも注目すべきなのは「アイアン・ベッド」であろう。本誌の図版では北九州市の「鉄の墓」(1987)の墓室内に再制作された作品が掲載されているが、高さ二メートル余の鉄板を裏側から八〇度ほどの傾斜で支え、表に二本の棒をアームとして溶接しただけの、これも簡潔きわまりない造作である。試しに寝る、というより鉄板に身をもたせ掛けてみよう。脇腹のあたりのアームに両腕がうまく収まり、外見よりははるかに安楽な“寝心地”である。
このベッドは“文法的”には、歴然とした命令形をなしている。立ちながら寝よ、-深くは眠らぬために。その“意味”の背後には、つねに出撃に待機しなければならなかった戦時の体験があると、ある日、村岡から聞かされたことがある。しかし記憶は私的なものであり、他者にはひとつの空白であるに過ぎない。そこにメッセージはなく、ただ共有されざる過去が、われわれの前に“ひとつの非在”として現在化されているのである。
命令の時制に過去形はありえない。深く眠るな、と今、彼は自らに言う。不在に待機せよと言うのだ。それは諧謔である。土に埋められた鉄の墓室の奥まった一角に、立ちながら寝るための装置が用意されている。その墳墓の周りはのどかな公園であり、散策するまばらな人影があるだけだ。弛緩した光景の中に異様な闇が充填されていることに気づく者はいない。リアリストを自称する人びとは、今日もまた湾岸戦争の結果を論じるさらに弛緩したテレビの画面の円卓で、ただ、たんにリアルであろうとする心情を競い合っていることであろう。彼の諧謔の図式は過去を共有しない時代の空白に仕掛けられた非在の証である。彼はひとり、待機の姿勢をとる。半世紀をへてなお不穏な緊張をもたらす不発弾のように。その孤独はおそらくはユーモアの極みでもあるだろう。
アイアン・ベッドに身を置くと、正面の壁からこちらの目を射るように、先端を尖らした一本の太い鉄の棒が斜めに突き出ている。「塩の先端」と題されたこのオブジェもまた「鉄の墓」のために再制作されたものである。湿気と錆のために見えにくいが、もとは尖った端の部分に塩が白く粉を吹いていた。その横の壁には、酸素を封入した銅パイプが三本、水平に取りつけてある。待機する男には、唐突な形式で塩と酸素が与えられているわけである。墓はまた生存のための物質を備えたシェルターである。」
(1991年5月美術手帖)